2010-01-01から1年間の記事一覧

2010.08.16 18:20

荒川智則は確かにプログラマとして採用された。しかし試用期間が実際に始まるのは年明けの一月からで、派遣先も決まっていない現状では、プログラマになった実感などなかった。工科大学の就職課で社長が事務員や教員とビジネストークをする。ここでも荒川智…

2010.08.16 18:20

帰省の日、オフィス近くの駅で社長と待ち合わせをした。都会の駅は広く、待ち合わせ場所を間違えて時間をロスしてしまった。なんとか余裕をもって羽田空港に到着した。社長のおごりで喫茶店でカフェラテとベーグルを食べる。ずいぶんゆったりとタバコを吸う…

2010.08.16 18:20

ある晩オフィスでテレビを見ていると、ひょんと部長がやってきて、ビールとおつまみをくれた。近くにある店を教えてくれ、そこでいろいろ買うといいと。すぐ近くに銭湯もあると。荒川智則は連日の肉体労働で体がずいぶん臭くなっていたので、銭湯に行くこと…

2010.08.16 18:20

派遣先での面接はもう年の瀬も近い寒い時期で、荒川智則は面接直後に帰省をした。なぜか社長が実家の両親に挨拶をしたいと言い、一緒に帰省することになった。これから預かることになるから安心して下さいと両親に伝えたいということだった。それと荒川智則…

2010.08.16 18:08

「私のような人間を拾って頂いたことの感謝を忘れたことはありません。最初の面接のとき、私は自分のスキルをずいぶん誇張しました。たぶん気付かれていたと思います。あの頃の私は、口先だけで何もできない本当に駄目な人間でした。そんな私に成長のチャン…

2010.08.16 18:03

扉の外はまるで湯気の雨でも降っているようなひどい暑さだった。来世にはドラクエのラナルータみたいに昼と夜どころか夏と冬を取り替える研究をしようと思った。荒川智則は走った。体が汗のバリアで包まれる。何から守ってくれているのかはよく分からない。…

2010.08.16 17:58

荒川智則は社長との待ち合わせをすっかり忘れていた。もう一時間近く通らないテストケースを前に呻吟していた。デバッガを立ち上げたら負けだと思っていた。そろそろギブアップしようかと思った所に携帯のメール着信があった。フロアは携帯持込禁止だったこ…

2010.08.17 08:50

荒川智則は眠りにつこうとしていた。何か変化が訪れたわけでもない。ただ傷ついて、失うだけの一日だった。でもそれは、これまで荒川智則が送ってきた日々と何も変わらないのだった。荒川智則が眠りにつく直前に思い描いたイメージがあった。娘の笑顔と、妻…

2010.08.17 08:40

荒川智則は思い出していた。これまでまるで評価されなかったなと。社長や部長は荒川智則がどれだけ尋常じゃない努力をしているか、どれだけ技術者としてレベルを上げたか、一切知らないし興味などないだろう。聞かれたこともない。毎月時間通り働いて時給分…

2010.08.17 08:30

駅に着いた。交差点で信号待ちしていると、急に鼻血が出てきた。左手が血まみれになった。あまりにも量が多いので仕方なくハンカチでふさぐ。買ったばかりなのに。のぼせたのだろうか。鼻をおさえながら帰路につく。家に入る。娘と妻はすやすやと寝ている。…

2010.08.17 06:00

新宿に朝日がめぐる。けばけばしい光はアスファルトに吸い込まれたようにいなくなる。東京に血液がめぐる。電車に乗った荒川智則の頭の中では無数の電車が東京中にヘモグロビンを運ぶイメージが浮かぶ。今日は会社を休もうと思った。部長に欠勤通知メールを…

2010.08.17 03:40

勝負は山あり谷ありながら、中年が負け続けで帰ってしまったあとにハワイ風のおっさんが入ってからは、平坦に進んでいた。荒川智則はプラス1万円くらいだった。突然ハワイがツキはじめ、4連勝してしまう。荒川智則は手持ちが一万円になってしまった。その後…

2010.08.17 01:03

同卓した三人の特徴はバラバラだった。遊び人風の中年。年老いたサラリーマン。水商売風の若いスーツ。平日の夜中に雀荘に来るだけあって、腕は五分五分だった。一瞬の気のゆるみが致命傷になる。東三局中盤、スーツからリーチがかかった。荒川智則の手はス…

2010.08.17 00:40

新宿の方が秋葉原よりも自分に合っていると荒川智則は考えていた。ギラギラした光がちりばめられた景色は、そういった光でしか心を癒せない人種の最後のたまり場だった。なじみの雀荘に着いた。平日なので立っている卓は二つしかなかった。すぐに入れますよ…

2010.08.16 23:50

新宿への最終電車に間に合った。ホームで待っている間。不思議な気持ちになった。電車がホームに入ってくるとき、なぜか自分の体が勝手に動き出してしまうような気がして、ぎゅっと身を引いた。電車の中は退廃した空気だった。みな疲れてぐったりしている。…

2010.08.16 23:21

それですっきりできるの?娘の前でそんな風になるな。娘はちゃんとわかってるんだから。お父さんが落ち込んでると伝わっちゃうんだよ。それで麻雀したらもう娘の前でそんな風にならないと約束して。何に悩んでるかわからないけどとにかくちゃんと帰ってきて…

2010.08.16 23:15

ぼんやりしていて玄関の扉を普通に開けてしまい音のせいで娘が起きてしまった。少し前に麻雀に行きたいとメールしたら妻は切れてしまった。娘のために貯めたお金をそんなことに使うなふざけんなと。荒川智則は自分の部屋に向かう。その日の朝に部屋のカーペ…

2010.08.16 23:05

ぼんやりしていたのか電車を乗り過ごしたり間違えたりしているうちに帰宅が遅れた。時間がないので駅でタクシーを拾う。運転手はおじいちゃんだった。携帯の電池が切れてしまったので、とくにやることもなくぼんやりする。ちょっと思うところがあって、運転…

2010.08.16 21:05

リナックスカフェは即効で閉店してしまった。食事をしていなかったのですぐ傍のペッパーランチに入ってペッパーライスを注文する。ずいぶん久しぶりのペッパーランチだった。やけに威勢のいいベトナム系の男性従業員に苦笑する。従業員は三人。元気なベトナ…

2010.08.16 20:30

久々の秋葉原だった。電気街口への道を間違えて苦笑する。駅から出ると、そこかしこにそれ系の人がいて、渋谷とは違った感じが楽しい。太ったオタクのような人たちが、名刺交換のようなあいさつをかわしていて、オタクの中の尊敬序列は不思議でならないと思…

2010.08.16 18:50

悄然として分厚い扉を開け、エレベータに乗り、見慣れたフロアに戻る。自分の席についてみるも、仕事をする気にはならず、「お先に失礼します」と聞こえないような声でつぶやいて席を立つ。何人かがお疲れ様ですと声をかけてくれた。なんとなく嬉しかった。…

2010.08.16 18:40

社長は理解を示してくれた。その気持ちはわかると。先輩には相談しなかったのかと聞かれた。別の先輩から昔、自分の人生の運命を決定するようなことは、絶対に人に相談してはいけない。相談してそれで決定してしまったら、絶対にあとで後悔するからと聞いて…

2010.08.16 18:21

喫茶店で荒川智則は社長に退職理由を伝えた。仕事がつまらないこと。このままでは成長がないこと。時間でしか評価されないという仕組みに憤りを感じていること。最初の頃は、自社で直接一括で仕事を請け負ってやろうという話もちらほらあったが、最近はもう…

2010.08.16 18:20

荒川智則は疲れていた。何もかもに疲れていた。一番辛いのは子どものことだった。子どもは少し問題をかかえている。それは娘の生涯にわたるレベルの問題だった。そこに自らの労働感の崩壊と会社からの評価を受けて、次第に仕事をやめることを考え始めた。こ…

2010.08.16 18:20

荒川智則は社長に言った。「確かに精神がたるんでいました。甘えていました。今日をもって改善いたします。会社に迷惑をかけて申し訳ございませんでした。」社長は言ってくれた。過ぎたことはもう取り返せないから不問にします。これから頑張ってくださいと…

2010.08.16 18:20

チームメンバーの人たちは、毎日遅くまで残業しているようだ。あんなに簡単そうなことをそれはもう朝から晩までうなってがんばっている。どんなに効率悪く成果悪く労働しようと、とにかく人より無駄に多く労働しさえすれば、その方が会社の利益になる。そう…

2010.08.16 18:20

「うちは時間でお客さんからお金をもらっている」。つまり、荒川智則はただの時給アルバイトだったのだ。強い誇りを持ち、日々技術向上に打ち込み、技術課題を突破し続けてきたこれまでの日々は、全て会社に、時給換算での利益しか与えていなかったし、会社…

2010.08.16 18:20

それは荒川智則がやがて退職を切り出すことになる喫茶店での出来事。社長は荒川智則の勤怠の悪さを注意した。普通の会社だったら一発で首になると。今の派遣先はそういう面に甘いのかもしれないけどちゃんとしてもらわないと困る。うちは時間でお客さんから…

2010.08.16 18:20

荒川智則は朝一から終電までの労働を何の苦にも思わなかったはずが、朝起きるのもつまらなくなり、遅刻が増え、かといって残業するような問題はどこにも転がっていないという状況だった。一日三時間労働であっても、問題のない成果を上げられる気持ちになっ…

2010.08.16 18:20

あるレベルを超えてからだったと思う。荒川智則は自分のしている仕事を退屈に感じるようになった。どんな問題が発生しても、それはもう問題ではなくなってしまっていた。解決する喜びは薄れ、チームメンバーからの質問に怒りを覚えるようになっていた。周り…