2010.08.16 18:20

ある晩オフィスでテレビを見ていると、ひょんと部長がやってきて、ビールとおつまみをくれた。近くにある店を教えてくれ、そこでいろいろ買うといいと。すぐ近くに銭湯もあると。荒川智則は連日の肉体労働で体がずいぶん臭くなっていたので、銭湯に行くことにした。やる気のない番頭に金を払って湯船に入った。全身に刺青をした客もいたりして怖かった。都会は銭湯も狭いんだなと思いながら、その晩はとてもよく眠れた。翌日の肉体派遣は遅刻してしまった。当時荒川智則は生まれて初めての失恋を経験しており、そのショックは日々心を蝕んでいた。旅の途中で会った女性とメールをやり取りして気晴らしをしていた。好意を抱いていたわけではなかった。その女性とその後結婚し娘が生まれるなんてことはこれっぽっちも想像していなかった。何しろ荒川智則は相手の顔もよく覚えていなかった。思考や記憶があやふやになっていく毎日だった。前向きに生きているように見えて、その実もう何もかもあきらめていた。