2010.08.16 23:05

ぼんやりしていたのか電車を乗り過ごしたり間違えたりしているうちに帰宅が遅れた。時間がないので駅でタクシーを拾う。運転手はおじいちゃんだった。携帯の電池が切れてしまったので、とくにやることもなくぼんやりする。ちょっと思うところがあって、運転手に話しかけた。
「かなちゅうってあるじゃないですか?あれって何なんですか?」
「やあ、あれは神奈川中央交通の略称ですよ。バスとかタクシーとかやってます。」
「へえそうなんですか。知らなかったなあ。ちょっと変なこと話していいですか?」
「はい。なんでしょうか。」
「実は今日退職願い出しちゃったんですよ。」
「ええ?そうなんですか?」
「でも今になって後悔してるんですよ。」
「そりゃあそうでしょう。今は仕事がないですよ。」
「社長に出したんですけど、話してる間ずっと僕足が震えちゃって。自分が失業者になるのが怖くなったんですね。」
「わかりますよ。今は我慢した方がいいですよ。転職しても条件悪くなっちゃいますから。」
「でももう辞表出しちゃったんで、あれなんですけど。でも考えちゃいますよねぇ。」
それ以上話すこともなく黙っていると、運転手の方から話しかけてきた。
「お客さん若そうですけど今何歳ですか?」
「26歳です。すぐに27です。」
「結婚とかされてるんですか?」
「ええ。一応娘がいまして。」
「それならなおさら駄目ですよやめちゃあ。」
「まあそうなんですけど。妻も納得してくれまして。」
「私のところにも36の息子がいますけど、まだ独身でしてねぇ。」
「そうなんですか。」
「そういや息子が26だかそれくらいのときに社長賞もらったんですよ。」
「ほお!それはすごいじゃないですか。よっぽどすごいことしたんですねぇ。」
「なんでも四十億円くらい稼いだらしいです。」
「ほんとですか?すごすぎですね。」
ソフトバンクってあるじゃないですか。あそこでして。」
「めちゃめちゃエリートじゃないですか!トップは孫さんですよね。」
「でも未だに課長にもなれないってぼやいてますよ。」
「はああ、でも給料いいですよね。」
「年収八百くらいっていってましたっけねえ。」
「そんなにあれば充分ですよ。六百あれば余裕だって誰かが言ってましたよ。」
「お客さんつきました。」
「はい。ありがとうございます。」
タクシーを降りようとすると運転手がまた話しかけてきた。
「でもやっぱりやめない方がいいですよ。今より悪くなっちゃいますよ。」
「でも今も結構悪いですからね…。」
「よく考えた方がいいです。明日にでも頭下げて取り下げた方がいいですって。どうかしてましたって謝れば許してくれますよきっと。」
「そうですね。よく考えて見ますよ。妻とも話し合います。ありがとうございます。いい話聞かしてもらっちゃって。」
タクシーは去っていった。荒川智則は気が重くなった。あのじじいただの息子自慢かよ。荒川智則はつばでも吐いてやりたい気分だった。