2010.08.16 18:03

扉の外はまるで湯気の雨でも降っているようなひどい暑さだった。来世にはドラクエラナルータみたいに昼と夜どころか夏と冬を取り替える研究をしようと思った。荒川智則は走った。体が汗のバリアで包まれる。何から守ってくれているのかはよく分からない。息が切れそうになる頃、ようやく喫茶店に着いた。扉を開けると心地よい冷気が流れ込んできた。店の中からすれば蒸し暑い外気が流れ込んできて不公平感が強いだろう。歩きながら店員に待ち合わせである旨をジェスチャーする。喫煙コーナーの一角に社長がいた。お疲れ様ですと挨拶をし、対面に座ろうとしたらカバンが置かれていたので隣の席の対面側に座った。社長は吸っていたタバコを消した。社長はどうしたの?というような顔をしている。少し気まずい空気が流れたあと、おもむろに荒川智則は切り出した。
「すみません。ちょっと言いにくいんですが、決断したことがありまして…」
そう言ってポケットから前日にしたためた退職届を取り出した。走ったせいで封筒がくしゃくしゃになっていた。冷や汗を感じながら封筒を差し出す。社長は少し驚いたような、やっぱりそれかというような判然としない表情をしている。
「これは?…」と社長が苦いような表情をしている。
「その、まことに、申し訳ないんですが。」荒川智則はしどろもどろになる。声はかすれて相手に届いているかもよくわからない。
社長は少し黙ったあと、理由を訊ねてきた。
荒川智則は前日に妻からなだめられたことを思い出した。社長には思っていることを全部言うつもりだというと、妻は、そんなことを言ったらけんか腰になる。当たり障りのないことでとどめておくべきとアドバイスをもらった。しかし、他に話すこともないので、ここしばらくずっと考えていたことをとつとつと話し出した。