自己紹介

結局二日間丸々雀荘で過ごしてしまった。いや、僕だけでなく同卓していた他の3人のおっちゃんやにいちゃんも僕と幸せなひと時を過ごしてしまった。結局プラス3000円で終わったけど満足だ。みんな30時間以上寝ないで連続で打ってるのにまるで疲れた様子もなく飛んでいく。すごい体力だ。本当に麻雀はいい。男の美学っていうかなんていうかたまらない。僕はこの雀荘の常連なのでいろんなお客さんを見てきたけど、もちろん女なんてまずいない。非モテのみんなにぜひ強調しておきたいのは、雀荘に来る男たちっていうのは、それはもうひどい顔をしている。猫の肛門から生まれたばかりの馬のようなツラをした人たちばかりだ。なんて素晴らしいんだ。みんな不細工だ!僕も客も店員もみんな不細工だ!ああ、素晴らしい。非モテの人で麻雀知らない人がいたら即効で覚えて手近な雀荘へ駆け込んでみるといい。パラダイスだよ。


さて、つまらん寄り道をしてしまったがここに舞台の幕を引き上げようと思う。まず最初にいっておかねばならないことは、普通の人にはこの日記から得られるものは何もないという一点である。ブログを読むことで教養や知見を深めようとしている人たちには申し訳ない。ここに書かれるのは僕のポエムのみである。したがって僕という人間に性的でない魅力を感じないのであればエントリを読んでもらっても意味はないと思う。だが非モテの人にはぜひ読んでもらいたい。ここには不細工な顔や生まれ持った肉体的精神的ハンデを十二分に背負った男たちの生きるためのヒントがある。少なからず僕の主義主張スタイルには共感を持ってもらえると思う。暇つぶしくらいにはなると思う。僕の生き方から何かを読み取って欲しい。そして立ち上がって欲しい。この社会をくるむ闇に共に立ち向かって欲しい。今は一人でも多くの仲間が欲しい。僕らが大手を振って歩ける社会を、共に築いて行こう!

旅の仲間たち

実は今回の僕の一人歩き旅は僕一人で行うものではない。僕をサポートしてくれる強力なスタッフがついている。いや、スタッフと呼ぶのは堅苦しい。心のパートナーみたいなものだ。初めて会ったときはお互い緊張でうまくコミュニケーションが出来なかったが、次第に打ち解けていき、今では心と心でつながっている。

キトー君第二形態!

よし、やり方を覚えたぞ!

良い子のみんなはこんな道具に頼らずにちゃんと泌尿器科へ行こうね!あ、僕の前の日記読んでなかった人は知らないと思うので説明すると、この器具はな、なんと、真性包茎矯正器具なんだ!すごいだろ?手術とかいらないんだってさ!ヒャッホー!でもうさんくさいけどね。まぁ、効果があるかどうかはこの俺様が身をもって実験するので安心してくれ!ただ、泌尿器科の先生にこの器具について聞いてみたら、そんなの知らないといわれた。ますますうさんくさい。器具の形状と使用方法を説明してアドバイスを求めると、「試してみる分にはいいけど、破れないように気をつけてね」だそうだ。破れるってなんだよ…。要はこの器具を皮のさきっちょに差し込んでめいいっぱい左右に広げるわけだ。皮膚ってのは伸ばせば伸びるようになってるのでそれを続けることで皮はちゃんと剥けて、勃起時の締め付けも消えるそうだ。でも先生がいうには、「子供の頃であれば皮膚の弾力性が高くていくらでも伸びるだろう。例えば父親が小さい男の子と一緒に入浴する際に皮をめくって洗ったりするのは効果がある。でもある程度の年齢になると皮膚の弾力性も失はれる」そうだ。つまり俺には効果がないどころか皮が破れちゃう可能性があるわけか。望むところだ!

次は僕と一緒に歩いてくれるご本たちを紹介しよう

本は、ましてや専門書となるとめちゃ重いのでどれを持っていくか悩みに悩みヌいた結果選ばれたスウィーティーたちです。



まずはこいつだ。岸田秀著「性的唯幻論序説」。僕たち男性がいかに女性に搾取されているかについて、恋愛のばかばかしさについて教えてくれる傑作書だ。学校の道徳の時間の教科書にしてほしいものだ。



次はこいつだ。清水真木著「友情を疑う」。友情なんていうくだらない人間関係を断ち切るための指南書だ。っは!何がトモダチだよ!なんでてめぇらが女とヤッてる時の話なんか俺にするんだよ!!殺すぞこらぁ!!!



お次はこれ。ロナルド・ドーア大先生の人生の集大成「働くということ」だ。労働がいかにつまらなくくだらなくおぞましいかについて徹底的に掘り下げている。働いたら負けだからな!


さて、ここまでは文庫本というか新書サイズだからサイズも小さく重量もさしてない。問題はここからだ。


カーニハンとパイク著「プログラミング作法」。まじで悩んだけどやっぱこれは外せない。同じくカーニハン著「プログラミング言語C」にしようかと迷ったけど実利からいえばこっちだ。


青木峰郎著「ふつうのHaskellプログラミング」。長い間忌避していた関数型言語に最近ようやっと手を出した。まだちっとも理解していないのでじっくり勉強しようと思う。


ダミアン・コンウェイ著「Perlベストプラクティス」。純粋に買ったばかりでまだ読んでいないので。


重さからいってここぐらいが限度だろう。まぁ、いらなくなったら捨てて別のをどっかの書店で買えばいいんだし。でも地方の書店にはろくなのおいてないからなぁ。

所持金

今日銀行から30万円引き出して郵貯の方へ移しといた。これだけあれば東京ぐらいまではもつだろう。いっとくけど普段は2万くらいしか持っていないからな!必要なときにカードで引き出すようにする。襲ってもむだだぜ?

入力デバイスとしても糞携帯電話

これまで当ブログは長文傾向にありましたが、これからは劇的に緩和されます。携帯はあまりにも文字が打ちづらい。先読み機能の補完のおかげでごくたまにいらいらが解消されることがあるけれど100文字打とうとしたら1時間近くかかっちゃいそうだ。なんとかもっと入力しやすくなる方法ってないもんだろうか。というか思考が制限される感じがある。キーボードだと入力速度と思考速度が大体同じくらいでちょうどよいんだけど。やっぱり思考ってのは道具や環境に左右されるもんなんだね。

せっかくなんで、キャンペーンです

上のオレンジ色の麦わら帽子をかぶって国道沿いを歩いている奴がいたら僕です。もしこれを読んでいるあなたとめぐり会える奇跡があったなら、めでたいので1000円差し上げます。ブログ見たよといってくれればOKです。ただし条件が。まず、女は無条件で却下です。一銭もやりません。カップルなんか言語道断です。声かけたら斬りかかるのでそのつもりで。で、男であることが第一条件です。それと、ブサメン以下であることが二つめの条件です。森永卓郎も提唱している、イケメン>>>フツメン>>>>>>>>>ブサメン>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>キモメンのカースト制のブサメンより下なら大丈夫です。もちろん顔の判定は僕がしてあげます。これだけじゃつまらないしそんな人と会う可能性はとても低いと思うので、もしあなたが栄えある一人目だったら、県を越える度に1000円加算した額を差し上げます。四国を出るには高知→香川→徳島と通るので、3000円です。もし通勤途中に見かけたりしたら、どうぞお声をかけてやって下さいね。楽しみにしてます。あ、付け加えておくと僕はキモメンですので僕の顔を見たところであなたの絶望感が増すことはないと思いますのでご安心を。

そういえば泌尿器科の先生の態度がおかしかったような

キトー君の説明を始めたあたりからなんかこっちの方を見てくれなくなったような気がする。しかし公立病院は平気で泌尿器科だろうと看護婦が診察時には同室なんだよなぁ。勘弁して欲しい。何がかなしくて看護婦の前でキトー君の操作方法を解説せにゃならんのか。僕はもう赤面するどころか頭の中が、頭の中が…って別に何の羞恥も感じなかったもんね。電車の中で女装したあげくに自らの性器を露出させてた馬鹿公務員がいたような気がするけど、羞恥心てのは大事にせにゃならんよな。おかしいな。僕は根っからの引っ込み思案でレジの女の子からつり銭渡されるときにちょこと手が触れただけでもびくってなっちゃってキョドっちゃうくらいだったのに、今では何ともないどころか平気で街を歩く女性をじろじろと見るようになってしまった。う〜〜む。

実はおれ…

よし、最後の飯食い終わったぞ!うまかった。カップヌードルまじうまかった。ところで、泌尿器科の先生の見立てによれば俺は真性ではなく仮性包茎らしい。「しかし先生、勃起すると剥けませんよ?」と言ったら、「しかしそれを確認することはできませんので」みたいなニュアンスではぐらかされた。おかしい。確か泌尿器の医師なら誰しも習得している最終奥義「前立腺マッサージ」があったはずだ。肛門から指を突っ込んで先生のテクニックを加えれば恋愛感情などなくとも勃起させることが出来るはずだ。それなのに確認もせずに仮性だと思いますだと?このやぶ医者め!あ、そっか。あんまりグロテスクだから勃起形態なんて見たくもない早く帰れ包茎って意味だったのか。そっか。ていうか男にまでキモがられる俺って一体…あ、死にたくなってきた。

雨ひでぇ

なんだ。シャッター閉めてたから気付かなかったけど外はひどいありさまだ。何これ?叩きつけるような大粒の雨の乱打だ。いきなしこれかよ。てか今日昼間晴れてたのに…これだからいやなんだよなぁ。絶えず物事や判断が移り変わることを「女心と秋の空」なんていうけど、俺は女心は知らないまま終わったが、秋の空がこんなに変化が激しいのだと知れたことは、幸せだったと思う。

ヒトカラ(一人でカラオケ)にいってくる

切込隊長はブログを自己定点観測最適ツールだといったな。僕はある程度文章を書くことに慣れてしまっているのでこれでは観測にはならない。声なら大丈夫だと思う。もし俺が10年後生きているなら、このときの俺をなんて思うだろうか。あの人の曲を歌わねばなるまい。自宅録音じゃだめだ。あんな歌部屋じゃ歌えない。ちゃんとカラオケに行ってこよう。

田舎はこれだから

なんで1時間で一人なのに2800円も取られるのか理解に苦しみました。岡村靖幸を9回歌って終了でした。ああ、つまらねぇ。あと1時間ちょっとで出発かぁ。ちなみに雨は上がったけど今度は雷がぴかぴかしている。あれに当たったらそこで終了なんだよなぁ。そういやニュースで木に落ちた雷が飛び火して死んじゃった人のこと流してたけど、う〜〜ん。テント張るのは木陰とかの方がいいんだけど、どうするか。もういいかげん非モテなことは書くのもうんざりなんだけど、俺が案内された部屋は通路の一番奥だったんだが、途中に4部屋あって、全て客が入ってたんだけど、みんな男女のグループなんだよなぁ。何の陰謀だよちくしょう。自慢じゃないが俺は生まれてこのかた男女のグループで行動なんてことは一度もしたことがないし誘われたこともないししたいと思いつづけて23年だこのやろうちくしょう。ああうらやましいうらめしい。実はヒトカラは初めてだったんだけど見事に歌いだす前からテンションゲージが底にはりついてしまった。ライブドアの株みたい。部屋の壁が安普請なせいで隣から女性の嬌声が時々入ったりして、さらにげんなり。女の声は周波数が高いからかよく通るんだよなぁ。なんか胸の中に黒い塊があるのがわかる。なんだろうこれ。

岡村靖幸について

彼は薬やって実刑になっちゃったけど偉大なミュージシャンだと思う。彼ほどの非モテソングは見たことも聞いたこともない。ここ数年というかもっと彼はほとんど活動してこなかったけど確実に薬の影響だろうな。前元ミュージシャンの麻薬中毒者で今は麻薬中毒者更生施設職員として働いているゲストが言ってたけど、薬やると自分の能力が何倍にもなるんだって、彼は曲作りに詰まるたんびに薬吸ってハイになって、そうすると音符が目に見え出すんだそうだ。色のついた風みたいなのが流れててそこを音符が流れていくんだと、それを写すだけですごい曲ができるんだそうだ。でさ、実は曲なんてちっともできていないんだなこれが。彼が見たのは単なる幻想だったわけだ。でも幻想だとしてもその間彼は一流の作曲家になれてたわけで、その快楽を持続させるためにさらに薬に落ちて行くしかなかったんだろうな。しかし岡村靖幸は偉大なミュージシャンであるからして、少なくとも曲作りに詰まるなんてことはありえない。彼が麻薬に吸い寄せられたのは、音楽以外の理由であることは明白だ。僕はとっくに察しがついていたが、それは女だと思う。彼の曲の歌詞を注意深く読んでみれば、彼が女性に対して抱く異常ともいえる感情が見え隠れしている。彼はハンサムだしダンスも歌もめちゃくちゃうまかったし尾崎豊とダチだったから、少なくともベッドを共にする女性にはことかかなかっただろう。でも、肉体じゃないんだよなぁ。肉欲なんていくら鎮めたところで、肝心なものはちっとも変化してくれやしないんだよな。非モテが風俗で童貞捨てたって一時の気の迷いでものすごくハイになってまるで全能になった気分に陥るが、数日すると夢が覚めてひどい現実で以前以上に追い詰められるという構図と似ている。そういや尾崎豊も薬で死んだんだっけか。僕ももうちょっと追い詰められたら、薬に手をだしてみるのもいいかもしれない。この孤独から一時でも離れられるなら、それも構わないとも思う。薬やって脳みそめちゃめちゃになっちゃったら、幸せと引き換えにプログラミングはできなくなるなぁ。でもいいかもしれない。

田舎の夜の街

ものすごいがらんとしていた。まばらな看板のネオンだけがけばけばしく光ってるけど、人は誰も通っていない。客寄せのボーイが数人いたけど、つまらなそうに立っていた。てかなんで俺に声かけないんだよてめぇ。そりゃみすぼらしい格好してて金もってなさそうだけどさ。性産業はこの国から絶対になくなっちゃいけないものだと思う。暴力団が絡むのはいやだけど。俺がこれから向かう東京の歌舞伎町は、石原のくそばかまぬけのやろうが掃討作戦したようで、以前と比べて見るも無残なありさまなようだ。ふぅ。まぁ別にいいか。利用することもないだろうしどうせ。

ファンタのクリームメロン味がねぇ

帰ってくる途中10箇所くらい販売機をうろうろまわったけどどこもかしこも売り切ればかりだ。凄まじい人気だ。道中ちびちびやろうかと思っていたのに残念だ。ちなみに俺は下戸だから酒ができないからして酔っ払って道路の真中へ寄っていってトラックにばこんなんてことは起き得ない。安心だな。

持ち物について

amosさん、はてブへのコメントへの返答です。ハンカチやちり紙は持っていきません。ティッシュは欠かせないなとちょっと前まで思っていましたが、今の俺にはもうこれは必要ありません。生涯オナニーをすることはないでしょう。これについては別のエントリで書きたいと思います。いろいろありましたが、本当にオナニーを卒業できました。よかったかはわからないけど。いや、多分状況は悪くなってるんだけど。でもいまは、これでいいかなって思ってます。持ち物はそれほど多くありません。上で紹介した本を今本当に持っていくか検討中です。リュックにちょっと入りきらないので。あとはタオルをとにかくたくさん詰め込みました。数えていません。着替えは3種類くらいを無理矢理圧縮してビニールに入れて押し込みました。あとは寒さや雨に全く耐性のないぼろ寝袋と、風に耐えられるかどうか不安しか残っていないぼろテントと、ちょっと大き目のカッパ、電池式のミニランタン、防水加工済み腕時計、そして例のオレンジ麦わら帽子ですが、こいつが曲者で、リュックに納まらないんです。折ってしまえば入るんだけど、さすがに雨のなか麦わら帽子をしていても意味がないので、まいったな。あ、そうそう携帯も必要ですね。あとはどこまでもつかわからないけど一応ipodと充電器。エントリを書くための手帳とボールペン一本、ミニランタンの予備乾電池6個。もちろんキトー君も一緒です。わくわくしているのか金属の光沢にもツヤが出ています。あ、財布ももちろん持っていきます。免許証とかは迷ったけど置いてくことにしました。紛失して面倒なことになるだけだろうし。財布には金だけです。

きっと忘れてしまいたい旅になる

部屋のクーラーをさっきから切っているけど恐ろしくじっとり暑くてぬめぬめして気持ち悪い。クーラー病なんだよなぁ、春とか秋にも結構使ってたもんな。さて、一番問題なのは体力じゃない。皮膚のかゆみだ。部屋にいるこの時点で背中の大部分がひりひりしている。あせもじゃない。アトピーてのはそういうもんだ。俺のアトピーの進行度は全身に及んでいる。どれだけのかゆさになるか想像もできない。これからものすごい量の汗をかく。カッパを着ていたら拭くこともできない。そして一日中歩く。クーラーも何もない。ただ歩く。意識が覚醒しているときはまだいい。掻こうとする手を直前で治めることができる。でも寝ているときはどうしようもない。朝起きたら布団が血まみれだなんてこともしきりだった。クーラーをつけていてさえそれだ。さてどうなるか。ある意味楽しみではある。僕はもう人間なんてやめてしまいたい。今よりも症状が進行して人としての最低限のなりすら剥ぎ取れば、何か変われるような気もする。

最後のストック

今日朝方に書いた最後の長文記事が残っています。PCつけっぱなしで出て行って、明日の朝自動投稿するようスクリプト組んでおきました。身元バレを隠すため、最初の一日は行動記録をつけません。その穴埋めです。PCの電源はそのあと勝手に落ちるようにしておきました。念のためマルチタップのタイマーもセットして。本当に携帯は文字が打ち辛い。まいったなこれは。

部屋のお掃除

お世話になったね。ありがとう。部屋の机の前にあるイスの辺りを中心に念入りに拭き掃除だ。アトピーは皮膚をぼりぼりかくし、皮膚はもはや正常ではないので、ぽろぽろと皮が落ちるのだ。頭もぼりぼり掻くので、髪だってがんがん抜けていく。おまけに風呂のシャワーの水は塩素たっぷりなので、ふつうには浴びることさえできない。浴びたら最後、悲鳴をあげたくなるようなかゆみに襲われる。中にはこのかゆみの中毒になってしまった人もいるようだ。確かに快楽一歩手前なかゆさではある。

思い出との決別

生まれつき目の見えない人よりも、後天的に事故や病気で失明した人の方が、まだましであるとか、いや不幸であるとかいう話がある。僕は後天的に失明した人の方がより不幸だと思う。彼らは確かに海の青さを知っている。青が何か知っている。地球の色。信号の色。ドラえもんの色。なじみのサロンのおばちゃんのセーターの色。たとえ今は何も見えなくても、思い出の中のそれはいつでも取り出せてて見ることができる。感じられる。反対に先天的な失明者は青が何かわかることは一生ない。一生知りえない。どれだけ言葉を尽くしても理解されることはない。世の中の大部分は、知らない方が幸せなのだ。よくいるのは、「もし自分が末期がんで余命幾ばくもないとわかったなら、そのことを隠さずに教えてくれ。俺はその最後のひと時を最大限に有効活用したい。まだ遣り残したことが少しだけある。それをやり遂げたい。全力で。」なんていう人がいるけど、果たしてこの人健康時に吐いていたこの台詞を余命宣告されたあとも維持できるのかしら。自分の砂時計にもう砂が残っていないと知らされた瞬間に、人は生きるのをやめると思う。「いやそうじゃない。真摯に余命をまっとうされる方もいるよ。きちんと家族と最後の時間を過ごし、たんたんとそれまでの趣味を続け、当たり前の日常の当たり前の幸せをかみ締めて、ちょっと苦しそうだけどそれでも笑顔で死んでいく人はいるよ」って意見には与しない。そんな人がいたとしたら、その人はよほどの強情張りなのだ。自分に嘘をついて生きている。そんな余命など送りたくはない。僕は死の最後の瞬間まで、自分には永遠の命があるのだと妄想していたい。今日は明日になって明日は来年になるって無条件に信仰したい。あれ、違う話になってしまった。戻す。思い出は今とつながっている。たとえ過去にどれだけ幸福だったろうと、今が不幸ならそれらの思い出は割れたガラスの破片へと変貌する。ことあるごとにそれに触れてしまい血を流すはめになる。それなら思い出なんてない方がいい。僕は小・中・高のアルバムの類を全て焼却した。クラス写真も卒業文集も通知表も教科書類も表彰状も全てだ。でも紙は消せても頭の中のしこりはなくなりはしなかった。毎夜夢の中であの頃のクラスメイトが出てくる。僕は自分の本当の過去とは違い、とても彼らと打ち解けている。そうして夢は暖かいまま終わる。そして目が覚めれば僕は、ガラスまみれの布団の上に横たわっているんだ。でも血をたくさん流したからこそ、その部分の皮膚は分厚くなっている。もうちょっとやそっとのガラスなら大丈夫になってくる。痛いけど出血まではいかない。そうやってどんどん皮膚を分厚くしていけば、それはもう人とは呼べないんだろうな。誰が愛してくれる?そんな化け物を誰が抱きしめてくれる?もしあなたがそんな状態で、俺の前に現れても、俺は何もしてやれない。気持ち悪いから。俺は、気持ち悪いから。

旅立ちの真夜中

さぁて、そろそろ時間だ。もう準備もばっちりだ。いやほとんど何も備えなんてないんだけど。ここから投稿する最後の文章だ。ここまで読んでくれた人ありがとう。どうか僕を応援してほしい。前の日記ではてブやブログにコメントくれた人たち、トラックバックしてくれた人たち全てに、ありがとう。本当にありがとう。あなたたちがくれた字全てが、今の僕の生きる理由です。くだらない文章ばかりだったけど、書いてよかった。あなたたちと出会えてよかった。どうかこれからも…行ってきます。