2010.08.16 18:20

そろそろお開きになろうかというとき、先輩は急に真剣な口調で話しだした。荒川智則が会社に入ったことをうれしかったと言っていた。そしてやめないで欲しいと。荒川智則はもう夜逃げする気はなかったのでそんなの心配いらないですよと茶化すと、そうじゃないと。これまで何人も若い新人が入っては、つぶれていったということだった。精神的にも技術的にも、壁にぶつかって乗り越えられない人間があまりにも多いのだと知った。そして荒川智則は、その壁は明日にでも自分の前に立ちふさがることを肌身にしみて知っていた。技術者には毎日のように難問が発生する。ひとつ解決してもまた次の問題が持ち上がる。永遠に続く試練のような日々に、耐え切れなくなる人は多い。最終的な製品というのは、無数の屍の上に成り立つという面がある。先輩は言ってくれた。できることはなんでも協力する。わからないことがあったらなんでも質問して欲しい。また来年もこうやってうまい酒が一緒に飲めるようにがんばろうと。荒川智則はあまり感動できなかった。来年もこうしてプログラマをやっていけている自信があるのかないのか、空っぽの胸は答えてはくれなかった。