友人とその彼女と食事に行った

横浜からひと駅、みなとみらい駅。生涯そんな地を踏むことはないと思っていたがひょんなことから出かけることになった。
名古屋の友人に彼女が出来た。奥手でうぶな奴だからそれは大いに喜んだ。
その友人と彼女が横浜へ遊びに来ることになった。では関東にいるメンバーともども食事でもするかという話になった。
夕方の六時にみなとみらい駅周辺に集合ということになった。遅刻しそうだったので有料駐輪場に自転車を止めた。
六時少し前にみなとみらい駅に着いた。駅がそのまま瀟洒な建物の中に位置していた。都会だなという感じ。
予定時刻を30分オーバーしてようやく一人関東友人が来た。聞くと他にはもう来ないらしい。友情とは幻だった。
こちらは二人になったが、しかし名古屋の友人たちはいつまで待っても来ない。男二人でウィンドウショッピングするハメになった。
帽子屋、服屋、靴屋、雑貨店。普段そんな店に行ったことがないのではしゃいでしまった。
ひやかし屋さんをしながら食事をする店を決めた。バイキングでお手ごろ価格でデザートも豊富。申し分なし。
本当にずいぶん待たされて、ようやく名古屋友人と彼女が到着。
友人は髪をずいぶん短く切っていた。その少し後ろを沿うようにして彼女が立っていた。
ずいぶんかわいげのある子を見つけたものだと軽く嫉妬。
髪を切ったのは彼女に言われて切ったとはにかみながら名古屋友人は言う。
もう何年も髪型を変えていないはずが女の子のコメントひとつでチェンジしてしまう不思議。
俺たちが決めた店は彼女に却下された。はきはきとものを言う娘だ。
さらに建物内を遊覧して食事処を探索。彼女はことごとく却下。あんまりはっきりしたのも困り者。
ようやく夜景も見える中華料理屋に腰を落ち着ける。
関東友人はその日の朝おれやっぱりやめとくわとメールが来ていた。
直後に翻してやっぱり行くことになったのは名古屋友人が食事代をおごってくれることになったから。お金に困っているのだそうだ。
不公平なので俺にもおごれとダダをこねるとおごってくれることになった。ごね得
ビールを飲んでさあ料理が来るぞというところで俺は本日のメイン議題をぶちあげた。
今日の主役はお前たち名古屋の人間ではない。実はここにおらせられる関東友人こそ話題の中心だ。
関東友人は今悩んでる。恋ではない。就職のことでだ。
関東友人は今年大学を卒業したが就職が決まっていない。同級生の中でただ一人。
その前日も相談のメールが俺に来ていた。働こうとするとつい二の足を踏んでしまう。病気かもしれないと。
俺一人では相談に乗り切れないので名古屋友人にも協力を要請。
しかしなぜか口火をきったのは彼女だった。
どうして働かないの?バイトでもいいからすればいいじゃんとこう来た。
関東友人は茫然自失。その後もがんがん責める。正論。
恐らく名古屋の女性からすれば関東友人はただのへたれにしか見えなかったのだろう。俺にもへたれにしか見えなかった。
関東友人はいろいろともごもご言い訳をしていたのがあんまり正鵠を射ているものだから立腹してきた。ガキかお前は。
名古屋友人もフォローで精一杯の様子。まさか隣から火の矢が飛んでいくとは思わなかっただろう。
関東友人は明らかに食欲がない。反動で俺は体重を増やす。
関東友人の就職相談も一段落しデザートになる。
俺は抹茶の安いアイスを頼んだ。彼女が抹茶の高いアイスを頼んだことを俺は知らなかった。
俺は彼女の抹茶アイスを食べた。何故かタピオカとかモチとか入っていて善ざい風になっていた。これで250円とは安い。
俺がアイスを食べ終わる頃に次のアイスが来た。貧相な抹茶のアイスだった。平謝り。
食事が終わり外は闇に包まれる。
遠くから結婚式の二次会でもしているのか「チュー!」「チューっ!」と大音量マイクで不明な言葉がこだまする。
カップルのキスを促しているようだ。あほくさ。
関東友人は明らかにさっさと帰りたい様子。しかし目の前には横浜名物の大観覧車コスモクロック21がそびえる。ネオンの装飾が綺麗。
あれに乗ろうよと俺が切り出すと名古屋カップルは賛成。関東友人はいやな顔をしている。
しかし観覧車は行列で30分待ちの立て札。仕方なしに周辺の遊園地内をめぐる。
敷地内はカップルだらけ。海沿いの等間隔に並んだベンチに並ぶ寄り添った二つの影。その向こうには海と海に映る夜景と遠い街の景色。
いくつもあるベンチが見事に埋まっている。そこだけは喧騒から切り離されているかのよう。
だんだん俺もイライラしてくる。関東友人はしきりにそろそろ帰った方が…と言う。名古屋カップルは俺たちの少し先を腕を組んで歩いている。
微かにライトアップされた遊歩道を歩く。そこかしこにカップル。
園内を一周して入り口に戻ってきた。名古屋カップルは横浜に来たという記念が欲しいという。
じゃああれに乗ろうと俺が観覧車を指差す。待ち時間は30分から45分に伸びていた。やけくそで並ぶ。
運賃は一人700円。彼女の代金は名古屋友人が出す。関東友人の代金は俺が出した。関東友人には直前にソフトクリームもおごった。
海からの風が吹くとはいえ蒸し暑い。扇風機も回ってはいるが焼け石に水。どこまでも続く行列。
俺は関東友人に言った。
「俺最近気付いたんだけどさ。世の中にはいろんな人がいるんだ。そしてみんなおんなじように悩んでる。
まったく同じ悩みなんだ。でもそれは各々で解決するしかない。ただ出来ることはあって
出来るだけたくさんの人と出会うことなんだ。」
関東友人はわけがわからないという顔をしている。蒸し暑い。
本当に40分近く待たされてようやくコスモクロックがお目見え。空しさと達成感でいっぱい。
名古屋友人たちは先に乗り込む。それからしばらくして俺たちの番になる。
観覧車のボックスに入る。空調が効いていてほっとする。
関東友人が香水臭いと言い出す。たしかにボックスの中は一日分の女物の香水で満たされている。
観覧車が上昇していく。ゆっくりゆっくり。
思いのほかボックスは不安定で俺たちはビビりだす。関東友人が下を見ると怖いと言い出す。
怖いと言ったらもっと怖くなるから黙れといっても聞かない。俺も怖くなってくる。
ボックス内には観光アナウンスがしきりに流れる。ムードぶち壊しだ。
観覧車は頂上へ到達する。怖くて夜景がまともに見られない。
携帯カメラで写真を撮ったが恐怖でぶれている。
隣のボックスではコギャルカップルがカメラのフラッシュをパシャパシャとたいている。
観覧車は頂点をすぎ下降する。機内アナウンスはようやく終わり今度は英語でアナウンスが始まる。
一周15分の遊覧は終わり地上へつく。名古屋カップルが下で待っている。
駅で別れ帰路につく。駐輪場が有料だったことをすっかり忘れていた。


ただひとつだけはっきり覚えたことがある。
観覧車のてっぺんから見下ろす夜景よりも 夕どきに見上げた溶け出しそうな空の方が ずっときれいだった。