受け取った小冊子を見るとずいぶんしおれていた。長い間誰にも受け取ってもらえずに中空を行ったり来たりしていたのだろう。僕がこうやって手を伸ばさなかったらどうなっていたことかと感慨深い。小冊子を配っていた人の「ありがとうございます!」という声が耳に心地よい。恐らく多くの人に無視されたのだろう。この国ではビラを配っている人間は皆シロイ目で見られる。皆知らないのだ。人生には会社と部屋で過ごす以外にもやるべきことがあるということ。活動することは第三の人生ともいえる。金のためでもなく私(わたくし)のためでもなく。公共という言葉が忘れられて久しい。小冊子の表紙には力強く書かれていた。「新しい国づくり。自由と繁栄の幸福実現党
はやる気持ちを抑えて僕はページをめくる。
冒頭にはセレナーデの旋律がごとき前文が載っていた。まるで六法全書のプロローグをかざる憲法の序文とみまがうがごとしだった。

この国に生まれ、この時代に生まれてよかったと、人々が心の底から喜べるような世界を創りたい。

果てしない未来へ、はるかなる無限遠点を目指して、私たちの戦いは続いていくだろう。

頭の中から雑音が消えた。駅前の雑踏だけが夜の闇に包まれたような静寂が訪れる。書いてあることはよくわからなかったが何か熱いものがこみ上げてくる。
駆け出していきそうな心臓の鼓動を抑えながら僕はページをめくる。
会社の求人ページに書いてあるような層別年収一覧が目に飛び込んで来た。しかしそれはこれまでに見たこともないものだった。

5年後には
フリーター・派遣社員が正社員になって・・・年収500万円に
世帯平均(年収約500万円)は・・・年収700万円に
中堅サラリーマン(年収約700万円)は・・・年収1000万円に

足が震えだした。僕の年収が500万円に?そんな馬鹿な。たった5年で…。さらにその隣には視界が遠のくようなことが書いてある。

10年後には
世帯平均年収1000万円に

インフレ?いや違う。僕がサウザンドプレイヤー?
目頭が熱くなった。心なしか肩の荷が減ったような気がする。カバンの紐が切れて地面に落ちたからだった。いつも本を詰めているせいでよく切れる。だがカバンが壊れたことなど些細なことのようだ。
希望。そんな言葉があること自体忘れていた。口にすることも頭に思い描くことも出来なかった。未来は暗く、重いどん帳の向こうに何があるかなんてどうでもいいと思ってた。でも違うんだと気付いた。
宮台真司は党マニフェストについて、与党のマニフェストは評価軸ではないが野党のそれは重要だと述べていた。そう、希望だからだ。
民主党が何をしたか。子供手当てだと浮かれさせておいて児童手当から名前が変わっただけで、それどころかそれまでもらう必要のなかった富裕層にまでばらまいたあげく配偶者控除で実質増税どころか財源足らずで結局弱者に尻拭いをさせる。俺たちを馬鹿にするなと叫びたい。高校無償化だってそうだ。金持ち優遇でしかなかったじゃないか。失業だ倒産だと泣いている人たちに目もくれずに国会では毎日毎日カネと政治の話ばかり。どうして大人が小遣いの話を国会の場でする必要があるのか理解できなかった。俺は思った。こいつらは、腐っている。脂肪まで腐ってやがる。
何が必要なのか。嘘こそが必要なのだ。それは優しい嘘だ。朝から晩まで缶詰の蓋を閉める仕事をしている何のスキルもないゴミみたいない人間が10年後にはマイホームとあったかい家庭を手に入れている。憎しみも排除も不要で、老後の心配も病気になったあとのことも何も考えなくていい。救いだけに満たされた人生を思い描く勇気。そういうものをみんなが持ち続けることの出来る世界。もうバブルは来ない。そんなの知ってるさ。これからは中国人に日本人が買われる時代になる。わかってるさ。渋谷のスクランブルは中国人の自転車で満たされ、風俗ビルの近くのラブホテルの前の行列は半そでの中国人にすり替わる。日本国民は中国人民様にフェラし続けるようになる。それが避けられないことくらい覚悟はしてる。だから嘘をついてほしい。せめて国くらい。国民をだまし続けてほしい。ジャパンワズナンバーワンでなくジャパンアズナンバーワンであり続けたい。
日本というこんなに狭い国に難民がたくさんいる。彼らを受け入れてくれる大地はまだない。