終電後の世界というのはまるでサイレントヒル異世界へ突入したかのような吐き気を催す世界である。ホームのあちこちに誰かの吐しゃ物がへばりついている。犬がおしっこをするときに何故か電柱によりかかるが、人間も同じで、柱とか椅子とかのそばで吐く。地面に雨が上がったあとの水溜りのように同心円状に広がる色とりどりのそれを見るとき、吐き気を覚えずにはおれない。ひょっとするといくつも出来た水溜りのいくつかはそういった結果の連鎖反応なのかもしれない。人は愛でつながることも出来るし吐き気でつながることもできる、ある意味ぷよぷよのスライムよりもあいまいなものなのかもしれない。傘を現場に置き忘れた俺を駅で待っていたのは洪水のように降る雨だった。駅の前のタクシー乗り場には大量の行列が出来、その列は雨を防ぐ屋根のある領域をはるかに超えている。傘がなければ並ぶことも出来ない。いつまでも終わることのない列を待っていても仕方ないので吉野家に入る。「牛あいがけカレーありますか?」と聞くと当店では扱っておりませんと言われる。吉野家はいつもこうだ。店によって扱うメニューがてんでばらばらで期待するものが得られないことが多い。仕方なく牛丼並を頼む。店は雨のせいか混んでおり、いつまで経っても牛丼は来ない。ようやくきた牛丼を見てずいぶん肉が増えたような気がした。適当に盛ったご飯にただ牛肉だけが乗っているだけの夕食。吉野家でする食事はいつも自尊心を傷つける。ご飯の熱が口の中で染み渡る。人々が吉野家で求めているのは牛丼なんかではなく熱のあるご飯なのだなと思う。レンジでチンしようが妻が手でといで炊飯器で炊いてくれたご飯だろうが、熱は同じだ。それは人々に幸せを錯覚させるには充分すぎるのだろう。モニタの向こうの裸の女に欲情するのと大して変わらない。食事を終えて金を置いてレジで待っていてもいつまでも店員が来ないので腹を立てて金を置いた旨を大声で伝えて店を出る。タクシー乗り場に変化はなく、人の列はむしろ増えたかのようでさえある。俺の精神状態からいって大雨に打たれて歩いて帰るのはまずい気がした。しばらく雨やどりをしながら列がなくなるのを待つことにした。タクシーは次から次へ列をさばいているが一向に終わる気配がない。くだらない仕事だ。吐き気がする。しばらく待ってみても一向に変化がないうえにタクシーのバッファが空になることが多くなったため、俺はあきらめて濡れて帰ることにした。しばらく濡れていると耐えられなくなって、道の途中でタクシーを拾おうとしたが、傘もささない客を乗せてはくれないようだ。駅に行けばいくらでも傘をさした濡れていない客がいるのだから当然か。しばらく濡れたあとコンビニで傘を買った。傘をさしてしばらく歩いたあと、結局タクシーを拾って乗った。タクシーの運転手に世間話をしようとするが何の返答もない。以前にこの時間に乗ったときもそうだった。相槌ひとつないのだ。あっぱれな無視ぶりである。タクシーなんて仕事をしていると心も荒むのだろう。こいつらも吐しゃ物と同じだと吐き気を思い出した。ひどい一日だった。俺のバグのせいで工程がストップしており早急に解決が必要だと客から言われた。この一週間バグ解析を手伝ってやった、というより全部俺が解決してやったリーダは土日は仕事に出れないとほざきやがる。俺だけ出ちゃまずいんですかと聞くと駄目だと言われる。殺してやろうかこのクズが。お前のせいで週末になるまで俺のとこのコンポーネントまで到達してなかったんだろうが。先週俺はお前のために休出してやっただろうが。俺のコンポーネントの作業には他のメンバーでは一切役に立たない(お前も含め)旨を伝えるが変化はない。俺はこの2年そのクズと同じチームだった。本当に無能なやつで何一つ役に立たなかった。途中メンバーが増えたり減ったりしたがどいつもこいつも無能さにひけをとらなかった。俺はなんでこんなしょうもないやつらと一緒に仕事をしているのだろう。今の客は非常に技術者として優秀だ。俺もそっちへ行きたいとか夢想する。正直心が折れそうになった。俺のバグのせいで俺の年収でははるかに足りない損失が出ているのだ。客に多大な迷惑をかけているのに休日に家でこもるしかないのだ。全力で闘って負けたのなら仕方がない。俺は無能だ。そうでないのに負けたのならそれが俺の実力なのだろうか。規定の就労時間で達成できないの俺が無能なのだろうか。豚どもと狭い箱に押し込められて豚の鳴き声を聞きながら仕事をしてパフォーマンスを出せない俺が無能なのだろうか。タクシーの客の列を見ているとき、中年と寄り添う明らかに水商売風のけばい女のカップルが歩いていた。安い人生だ。タクシーの客の列が柱の下に撒き散らされた吐しゃ物と重なった。