ずいぶんたくさんヒゲを抜いてしまって

口の回りのヒゲのはえ方にばらつきが見られるようになった。なぜなら一部のヒゲはもう二度とはえてこなかったからだ。若い頃にふざけて髪をひっぱりあっていた人も、自らの髪がうしなはれてしまって初めて、永遠などないことを知るのだ。そして悔やむに違いない。あのときふざけて抜けてしまった髪たちに何を懺悔してももう遅いのだ。馴染みの店がつぶれてしまったり憧れのあの子が転校してしまったりすることである程度は喪失という体験ができるが、しかし頻度からしてその体験は身にならぬうちに日々の繁雑さの中に溶け込んでしまうだろう。そしていざ大切なものや人が失われたとき、取り返しのつかないかけがえのない日々だったことを知るのだ。毎日ヒゲを抜いていればそんなことにはならなかったはずだ。だが残念なことに少年にヒゲははえない。はえても少年はそれを抜こうとはしない。剃ってしまう。剃るのでは根は無傷だからまたはえてきてしまうのだ。少年は気付かない。大人になり全てが手の届かない場所に退けられたそのあとで嘆くのだ。