父さんはヒーローになるんだ

娘よお前が生まれてから 父さんはがんばらなきゃって思ったんだ
他のお父さんに負けないように まじめに働いて 汗を流して
かわいい服をたくさん買ってやって いろんな遊園地に連れて行ってやるんだ
授業参観で恥をかかせないように ダイエットだってもうすぐ始めるんだ
母さんとお前を悲しませないように 健康にだって気をつかうんだ
ビールだってコーラだって いつだってやめられるんだ
いつか自分で会社をつくって 重役出勤してやるんだ


でも今日のお父さんはまだ未完成なんだ
お前に話しかけるときビール臭くないか気になるんだ
お尻をぽりぽり掻いた手でお前を抱きかかえるんだ
空っぽの貯金通帳を穴があくほど眺めるんだ
電車の中で吊革につかまってるとき ワキの汗の匂いが気になるんだ
息を荒くしてハンカチで顔や首をぬぐいながら とてもかっこ悪いと思うんだ
会社で上司に怒られているとき とても情けないと思うんだ
毎日夜になると 明日こそがんばるぞって寝ちゃうんだ
休みの日だって 寝てばっかりなんだ


いつかお前が大人になって 父さんの書いた文章を見つけたら
我が家の恥だって思ってもいいから ちゃんと読んで欲しいんだ
母さんはお前が大きくなったら削除しなきゃいけないねなんていうんだ
そこにあるのは負け続けた男の記録
成功なんてこれっぽっちもつかめなかった貧民の余生
多分ビールでも飲みながら書き散らしたくしゃくしゃのノート


でも父さんは幸せなんだ
今日もお前はたくさん寝返りをした たくさん笑ってくれた
父さんが部屋からいなくなると泣いて呼んでくれた
母さんと一緒にベッドで眠るお前を見たとき むぐむぐ動く口がおかしくて


娘よお前が生きているから 父さんはがんばらなきゃって思えるんだ
今父さんはヒーローになるお勉強をしています