写りこまないもの

名もなき路上ギター弾きが歌うたいのバラッドを歌っている。遠くから子供の奇声や雑踏が混じる。歌声をさえぎるように犬がほえる。聞いているこちらがしらけそうになる。しばらくして曲が終わると、拍手が聞こえてきた。あんまり閑散としているのでほとんど誰も聞いていないだろうと思っていたが、そうではなかったようだ。曲のエンドから地続きのようにバトンを引き継ぐ。ループして二回目に聞くと、遠くにいたはずの子供はすぐ近くにおり、その手をつなぐ父親の姿が浮かぶ。反対の手には飼い犬を寝そべらせて。音を立てずに聞き耳している雑踏が見えるような気がする。私には見えない聴衆を、歌う彼女は見ている。私が見ている彼女に私は見えない。拍手だけが鳴り響く。私の叩く手と画面の向こうのさらに向こうの聴衆たちのそれが重なる。がんばらねばと思う。妻と娘に拍手してもらえるように。画面のこちら側から。