ルビー

俺は病院の待合のイスでプログラミングルビー読みながら微動だにしない老人どもの列を眺めていた。老人どもはあとからあとからどんどん追加される。院内から看護士だか介護士だかが運んでくる。その職員どもはみんな若かった。女ばっかしかと思ったら男もちらほらいた。みんな普通の男女だった。俺の手元にはルビーがある。たとえ姿は醜くたって俺にはプログラミングがある。これが俺の宝石だ。その病院は老人病院であるからしてはなから一般の患者なんか相手にしていない。駐車場もお寒いものだった。とても外に開かれた病院とはいえない。でも俺は目が覚めたのが昼過ぎだったからそこくらいしかやってるところがなかった。で、そういう病院にとっちゃ要介護度の高い重症なお年寄りがルビーってわけだ。そういうのをおいておけばバカスカ金が入ってくる。俺の目の前にいるこの死んでるんだか生きてるんだかわからない何の価値も意味もなさそうなかつて人間だったものたちは一見ゴミなんだが、病院からすりゃあ宝石なんだよな。介護士どもには若さがある。打てば響く快楽の塊みたいな健康な生殖器を持ってる。それが奴らの宝石。でもさぁ、この老人どもには一体何があるんだ?こいつらは戦後を生き抜いた世代だろ?日本の復興を影から支えてさ、必死になって宝石箱守ってきたのに、やっと勤めが終わってさ、それでぱかって箱を開けるんだよ。楽しみにしてたんだろなぁ。私の宝石箱にはどんなきらめく宝石が入っているのかしらってさ。で、中身は空っぽなわけだ。その結果があの死んだ魚のような目で、微動だにしない体ってわけか。俺はなんだか悲しくなって本に目を戻したけど、なんか字を追う気にはならなかった。そうなんだよ。確かにこいつらどうしようもなく不幸なゴミだけど、でもこうして病院で生涯を保証されてるのも事実。きっとこいつらにはちゃんと家族も孫もいて、そいつらが支えてくれてるんだ。ぱっと見には究極に不幸せそうだけど、きっと心のどこかには人としての最低限の勤めを果たしたという自負があるはずなんだ。でもこれからはどうなるんだ?これからはみんながみんな結婚して子供作れるわけじゃない。恋愛のハードルはもはや越えがたいものになってしまった。年老いた独居老人に囲まれたお城の美男美女の王子様お姫様、なんだよこの世界は!俺は旅先で幾人ものうら若き乙女どもに無視された。それはどうしてだ?俺が気持ち悪かったってのもあるだろうがでも相手が気持ち悪いからって逃げるのか?少しくらい慈悲の心がデフォルトで備わってんのが人間だろうが!でもあいつらは逃げた。俺のことをいまにもイチモツとりだしてレイプしだすような危険物みたいな目して睨んで逃げてった。それはどうしてだ?おまえ等知ってんのか?この国は世界一安全な国なんだぜ?レイプだとか一体どれくらい起こってると思う?めちゃくちゃ安全なんだよ!おまえ等が怯えてるものの正体って何なんだ?おまえ等が勝手に幻影に怯えてるついでになぁ、俺たち非モテは傷ついていくんだ。また無視されたまた笑われたまた蔑まれたってな。そうやってぐずぐずに傷ついたのによぉ。なのになんてこというんだ?俺が女を性欲処理や夢探しの道具にしてるだと?自分の目的さえ満たせばあとはどうでもよくてコミュニケーションに無関心だと?俺は好きでこうなったわけじゃねぇ。俺だって女は大好きだよ。この世界でこれ以上のルビーはねぇんだ!一生かけて守ってやりてぇ。女のために生きてぇんだよ…。でも出来ない。させてもらえない。俺はもうぼろぼろなんだよ。これ以上傷つける箇所さえないくらい傷だらけなんだ。もう出来ないよ。こんな状態でもし女に対して好意もってみろよ?俺の容姿じゃいくら誠意尽くしたってまず玉砕さ。そうなりゃもうおしまいなんだよ。やり直しなんてできない。俺にはまだそんな冒険はできないよ。まだ俺は何にも作ってねぇ。ただの日曜プログラマなんだ。まだ終われない。まだやることが残ってるんだ。だから今はこの手元にあるまがい物のルビーを磨きつづけるしかないんだよ。


訂正:コメント欄にて一条と南条をとちってました。失礼しました。正しくは南条あやのさんでした。kanose様、ご指摘ありがとうございました。助かりました。