占い

イスに座って占い師に相対したとき、ガチガチに緊張していた。占い一件につき三千円とかあんまりである。しかも女性は三分の一でよいだなんて。あとから男女の価格差には何か理由が?と聞くと、女性にはサービスとか言ってた。さっきまでいた女性は知り合いだったそうだ。よく通っているのだろうか?女性の客の方が多いでしょ?と聞くと、そうだけど男性のお客さんは通ってくれてる人もいるとか言ってた。多分あんたに気があるだけだと思うんだが。とにかく三千円払うと、何やら用紙とペンを渡してきた。それに氏名、生年月日、占う内容を書くようだ。書き込んで渡すと、名前を褒められた気がする。ここら辺はあんまり覚えてない。占う内容は初めから決まっていた。もともと聞きたいことなど一件しかない。
最初、その占い師のことをあまり信用していなかった。僕はオカルトとかは一切信じないので(マージャンにはツキの流れがあると信じているのはオカルトとは違う)占いなんて当たるわけもないし、たんなるみのもんた級の人生相談だろくらいにしか考えていなかった。実際占いをしたのは、からかい半分面白半分だった。占いの結果がどうであろうと、僕の考えや行動に変化があるわけでもなく、本当に暇つぶしのつもりだった。だが、彼女の話を聞くうちに、どうやらこれはちょっと真剣に聞いておくべきだなと思い始めた。終わってみれば、彼女がエスパーかどうかわからないし、占いという技術体系が存在するかもわからないが、少なくとも驚異的な人間観察能力を持った人だというのはわかった。
たとえば、僕が「健康についてはどうでしょうか?大病患ったりとかしませんかね?」と聞くと。とくに問題なしと答えられた。そりゃそうでしょうね。下手なこというと差し障りあるもんね。つまり裏では問答集みたいなのがあって、それに従ってなるたけ多くの人の持っている属性に合致するような回答を時間をかけて練って記憶して、それを披露しているだけなのだろうね。くだらないくだらない。などと思っていると、「でも喉が弱いでしょ?」と言われた。僕は一瞬で引いた。だって僕は声がしゃがれていたわけでもないし、せきだって一回もしていない。喉を痛そうに何度もさすっていたわけでもない。どうしてそんなことが言えるのだろうか?彼女がいきなりどんぴしゃで当てた根拠がわからなかった。まぁ、今はこういう季節だし、喉を痛めてる人は多そうだ。ましてや彼女は僕がすでに旅人だという情報を得ており、夜もテントで野宿していることも多いとも知っている。だったら喉が壊れてしまうのは、ある程度は予想できる、ことかな?とにかく、ここら辺からちょっと気持ちが傾いてきたが、彼女がその後に続けた数々の発言が、あんまりにも僕にマッチすることだったので、本当に信じられなかった。
「あなたはとても個性が強い。その個性のおかげでおもしろい人生が送れる」「人と同じことをするのが大嫌い。だから人と群れるのも合わない。一人でいろいろとやっていく人。そして実際にできる人」「野蛮とは違うたくましさを持ってる」「ときどきすごく繊細になる。そういうときに支えてくれる人が必要」大体こんな感じだった。だんだん彼女の発言に魅了されてきた。この人は本物の占い師なんじゃないかと思い始めていた。そして、極めつけはこれだった。
「頭いいでしょ?」
馬鹿な…どうしてそこまでわかる?彼女は的外れなことは一切言わなかった。いや、人間なにかしらのことを言えば遠からず誰でも当たってしまうものだと思うのだが、それにこれまでの彼女の発言はちょっと僕を褒める傾向がある。そういう風に褒めてやると実際僕がそうでなくともそうなのだと思い込みたく思い、それがさも自分に当てはまっていて彼女は優秀な占い師なのだという風になっていなくもなかったが、それだけじゃない気がした。それにしてもいちいち僕の属性にヒットしてる。
僕はプログラマになりたいと言った。彼女はその職業を知らなかったのでコンピュータの前に座って残業してる人だと説明した。だが、彼女は何故かライターの方がいいなどと言い出した。僕はライターかプログラマになりたいんだけどどっちがいいですか?などとは聞いていない。僕はライターになりたいなどと一言も言っていない。でもそっちの方が合ってるみたいなことを言われた。その時点で僕は彼女の発言は思いのほか信憑性が高いと思っていたので、ちょっとがくんときた。
で、どうして一件だけの占いのはずが健康とか将来とか職業とか複数になってるの?と思うだろうが、実は僕が最初に彼女に希望した占いはこれらとは関係ない。僕が最初に占ってもらったのは恋愛というカテゴリの将来というサブカテゴリだった。笑うなよ。僕は自分が旅をしていて、その旅をインターネット上で日記として公開してて、それを読んだ人たちが何人もいろんな街で会いに来てくれて、で、その中の一人の女性に恋をして、今東京目指してるんですけど、着いたら告白しようと思ってるけどどうですか?と聞いた。それが占ってほしかったことだ。で、その女性の特徴を教えろと言ってきたので、僕が知りえている範囲で言った。そしたら、彼女いきなり古めかしい柄のトランプを取り出して、手品師がやるみたいに裏返したまま横に広げて、この中から二枚カードを選んでと言われた。で、適当に二枚選んだ。ハートの2とハートの8だった。これが彼女の占いのスタイルらしい。で、彼女がいうには、問題がなくて特に言うこともない、告白も成功する可能性が高い、だそうだ。これからについてのアドバイスとか一切なかった。なんでも、ハートというのはただでさえ恋愛に関しては素晴らしいカードで、なおかつ8は最強のカードだそうだ。そんな安直な…。確かに8って横に倒したらインフィニティだよな。で、特に言うこともないので何か他にあればどうぞということになって、上記のようにいろいろと聞いたわけだ。
なんか最後の方は、とにかくこれからは寒くなるしちゃんと対策しなさいとか、喉にははちみつがいいから食べなさいとか言われて、占いでもなんでもなくなっていたが、とにかく三千円分の価値はあった気がする。
さて、ネカフェの料金はいくらなんだろうか…。朝飯どうしようか…。