漱石先生の鋭い指摘

「して見ると二十世紀の人間は自分と縁の遠い昔の人をidolizeするよりも自分と時を同じくする人を尊敬する、または尊敬し得るようになったのである。
この傾向を極端へ持って行くと自己崇拝ということである。(Individualism, egoism)
(否? むしろ我々はegoismから出立するのではないか?自己崇拝が第一で、他人はむしろ第二に来るのではないか。やむをえないから他を崇拝するのだろう。古人は崇拝しなくても好いが崇拝しても自分の利害に関係しないから別の世界の事だから公平に崇拝するのだろう。今人は同時に生きているから何だ蚊だって悪く見えるのだろう。うちの下女が世間に対してはえらい旦那の欠点を列挙するようなものだろう。
古人崇拝が衰え、今人崇拝が衰え自我崇拝が根本になる。今の日本人が西洋人の名前の新しいのを引張って来るのはこれらを崇拝するよりもこれらを口にするprideを得意とするのだからつまりは他をadmireするの声でなくって自己をadmireするの方便である。」

漱石文明論集より